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    たぬき和尚についての考察

    • 2016.01.10 Sunday
    • 16:52
    はじめに
    民話・伝説では、架空のものを含め、様々な動物が登場する話が多くある。 その中でも、狸が主人公の民話・伝説は、と同様に数多く存在する。 全国的に有名な民話は、証城寺の狸囃子分福茶釜が知られている。
    真実として捉える民話
    民話・伝承の類には、後の世に伝えたい恐ろしい真実が隠されている事が多い。 川根本町に「たぬき和尚」という民話が伝わっているが、その例外ではない。 今回私は、幾つかの民話を比較して、川根本町に伝わる「たぬき和尚」について、若干の私見を得たので報告する。
    民話「たぬき和尚」の概要
    神奈川県の鎌倉に臨済宗建長寺派の大本山である建長寺という有名な寺院の旅の僧侶に扮した狸が人を化かすというもので、 地域により物語の展開が変わってくる。
    共通事項
    建長寺からの御使僧が主人公になっている事が第一に挙げられる。資料3では、建長寺の名前が出てこないが、 これは日本全国を対象としたメディアで放映のため、寺院を特定しない配慮がなされている可能性がある。次に、名主の家に泊まるが、 食事・入浴等の時でも、絶対に姿を表さない。以上の2点が挙げられる。
    建長寺からの使者として描かれている理由
    伝承された時代が解からないので、その背景は定かではないが、​宗派間や寺社との軋轢が考えられる。
    旅先での様子について
    川根本町に伝わる民話と資料2を除き、名主の家でご馳走を食べるが、 その食べ方は動物的な食べ方をしている。川根本町に伝わる民話では、泉水の大きな鯉がいなくなる件があり、かなり動物的である。 資料2のその二と資料3以外は、犬が嫌いな僧侶として描かれており、非人間的な主人公を暗示している。
    たぬき和尚の残したもの
    資料2のその二以外は、一幅の絵を残している。資料2のその二では、調理法を残しており、 この話だけが他の話と異なっている。
    民話の結末について
    川根本町の民話及び資料1では、犬に殺されるという結末である。資料3でもたぬきは体罰を与えられるが、死には至っていない。 資料2では、たぬきに対しての体罰的な事は伝えられていない。
    僧侶にに化けて旅をした理由について
    これについては、様々な考え方があると思われるが、 「たぬき和尚」として語り継がれている民話については、私は権力に対するささやかな抵抗と捉えている。 その理由としては、庶民とは格違いの階級層に扮した主人公の様が描かれているからであり、 体罰や死という結末をむかえているからである。
    由来の起源としての語り継がれ
    一つは主人公が残した一幅の絵である。 これは、実在する絵に付加価値を付けるためと考えられる。そしてもう一つは調理法の伝承である。 そのどちらも人に有益な事となっている。
    川根本町に伝わる「たぬき和尚」の本質について
    川根本町に伝わる「たぬき和尚」では、 資料とした民話と異なる点が5点ほどある。
     まず第一点として、近隣の村から鎌倉建長寺の御使僧様が来るという件である。 これは、地名村で起こった事として伝えられているが、この件からは近隣地域までを含んだ問題として捉える事が出来る。
     第二点として、御寄進の件である。これに関しては、年貢等が厳しく難儀していたことがうかがえる。
     第三点として、一幅の絵の内容である。他の民話では大鹿が描かれているのに、この民話だけ「柳に鳩」の絵というのは、 前記したが、実在する絵に付加価値を付けるためであり、実際に大鹿の絵が無く「柳に鳩」の絵があったので、 この様な内容になったのではないかと思われる。また、実在する絵と民話が繋がる事により、 より真実性が上がるという効果も感じ取る事が出来る。
     第四点として、泉水の大きな鯉がいなくなるという件である。 これは、他の民話と大きく違う点で、夜に生き物を食べるという動物的な描写は、権力に対する非人道的な思いという深層心理をみることが出来る。
     第五点として、建長寺のお坊さんに化けた、古だぬきが、安倍川で、しっぺい太郎にかみ殺されたという件である。 この件には、二つの鍵となる事柄が含まれている。一つは安倍川で主人公が殺されたという伝承である。 資料1でも、他地域で殺されたと伝えられている。このにつ事柄については、手間になる事柄は他地域へ持って行く伝承の展開。 つまり、主人公の死という「負な事柄」を地域から排除した伝承となっているのである。 また、主人公を殺した犬が「霊犬・しっぺい太郎」という伝承も、他の民話では、ただ単に犬となっている事から考え、 知名度のあるものが登場することにより、より話に膨らみを持たす効果を狙っているが、地域から離れたものが登場することにより、 地域性が希薄化している。地域以外からの「名のある犬」の登場には、他力本願の深層心理が見え隠れしている。浄土教・阿弥陀信仰がこの地域に根付いていたのだろうか。
    結語
    民話・伝説には、その地域性や特質が陰ながら描写されている場合が少なくない。 今回は、川根本町に伝わる「たぬき和尚」について、他地域の同じ様な伝承と比較し、 民話が伝承された当時の地域性を、私見ながら知る事が出来た。 そのことから、この地方に伝わる民話を掘り下げて、古の後の世に伝えたい事実を探求し、 この場で報告していきたい。

    *​資料については、今回参考にしたその総てを、下方に記載する。

    資料1
    狸和尚
    むかし、宇久須にあったお話はなしです。 ある夕暮れ、大勢の共の者を従したがえて、 一つの美しいかごが村の中なかへ入ってきました。 その行列は、名主の屋敷の前までくるとぴたりと止ったのです。 びっくりして、とび出した名主に、共をしてきたお坊さんが、 「ここにおられるのは、おそれおおくも、 鎌倉は建長寺の貫主さまであられるぞ。 お前の村がたいそうお気に召されて、 急に一晩お泊まりなることになった。 そそうのないよう、つとめてくれ。」 と、言いました。 名主は今まで、そんな身分の高い人を泊めたことはないので、 このことばに二度びっくりし、一家は、上を下への大さわぎとなりました。
     ​かごから出てきた高僧は、目もさめるばかりの美しい衣に身を包つみ、 並み居る人々をしりめに、座敷へずんずん上って行きました。 美しい衣のわりには、何となく気品のない動作と顔だちだと思ったのは、名主だけだったでしょうか。 座に着ついた貫主は、名主に言いました。 「これ、名主よ、このあたりに犬はおるか。」 「はいはい、犬はたくさんおります。 なにしろ、狩りをする者も数多くおりますので。」 「何、たくさんいる。それは困る、わしは何がきらいといって、犬ほどきらいなものはない。 わしがここにいる間は、けっして犬をちかずけるな。 いいな、きっとだぞ。」 貫主は、よほど犬がきらいとみえて、 強く念を押すのでした。
     「さて、もう一つ。 わしは、食事を必ず一人でする。 給仕の者もよこすでない。」 名主の家は、ふだんは質素な食事でしたが、 今夜ばかりは、海山のあらゆるごちそうをいっぱい用意し、貫主さまにさしあげました。 別室で食事を済ませた貫主さまは、やがて満足げに おなかを さすりながら出てきました。 そして名主に言いいました。 「今夜はたいそうなごちそうにあずかり、ありがたかった、 そのお礼に一筆残しておこうと思う、すずりの用意をしてくれ。」 名主はその言葉に喜よろこび、さっそくすずりと大きな紙を持ってこさせ、 うやうやしく貫主の前に置いて、墨をすって用意しました。 貫主は筆をとると、いともあざやかに、 大きな鹿が飛び跳ねている絵を書いたのです。 名主を初め、そこに居並ぶ人たちは、そのみごとさに目をうばわれました。
     翌朝、一行は名主の家を去り、 どこともなくこの村から、消えました。「ごりっぱなお坊さんと聞きましたが、 食事の仕方しかたはずいぶんきたなかったです。まるで、猫が食べたあとのようでした。」と、 名主の奥さんと下女が言いいました。 名主は、動作や顔に品がないな、と、ちらっと感じたことと一致するなとは思ったが、 だれにも、何も言わずにいました。 そして、残された鹿の絵だけを尊い記念と、 家宝のごとくたいせつにしまっておきました。
     ​さて一行は、その後伊豆のあちらこちらを巡り、 宿をとり、さかんなもてなしを受けました。 貫主、鹿の絵を残してはお礼としていました。 そんなある日、川の渡し場にさしかかったときのことです。 共の者がずいぶん気をつていたのにもかかわらず、 一匹の白しろい犬が、かごのそばへ近づいてきました。 はっと思ったが、もうおそかったのです。 犬は、かごにとびかかりました。 おおぜいの共が棒ぼうきれや石で追い払っても、 いっこうに逃げる気配はありません。 それどころか、なおいっそう大声でかごに向ってほえたて、 とびかかり、とうとう中まで入っていきました。 中で「ギャッ」と、恐おそろしい声こえが聞きこえたと 同時どうじに、 犬は 一匹の大狸の死体を 引きずり下おろして出でてきたのです。 お共の者は、何が何やらわかりません。 貫主の姿は見えず、大狸が一匹・・・・・・・・いったい、貫主はいつ狸になったのでしょう。 だれにもわかりませんでした。 みごとな鹿の絵を書き残したあの貫主が、実は狸であったと知られ、 その絵は「狸の書かいた大鹿」として、いよいよ珍しがられたということです。
    (伊豆の昔話・民話より)

    資料2
    建長寺様  
    その一
    「なんてまぁーありがたいことじゃないか、こんな山の村にまで建長寺の住職さんがお説教にと、 お出で下さるとは」名主のお触れで大塩(おおしお)に建長寺様が来ることを知らされた村の人たちには、 ことの外の喜びであった。 「建長寺様は犬は嫌いだ。当日各家の犬はつなぐように」とのきついお達しがあった。 当日会場にあてられた法永寺には、朝早くから村の人たちが集まって、準備をし、お待ち申していた。 「犬はつないだかぁー」先触れの人たちの声がして、しばらくした後、 建長寺様が乗られたお駕籠と、それに続く行列が寺にお着きになった。 「ただただ有難いでのー…」極楽三昧のうちにお説教が終った。お昼のご飯となると「給仕はいらぬ」と ご馳走が運ばれた部屋は戸を閉めて、建長寺さん一人だけで食べられた。
     「建長寺さんともあろう坊さんが……」と不審に思った村人たちが、戸の節穴からこっそりと中の様子をうかがうと、 これまたびっくり。ご馳走をみんな膳にあけて、両手をついて舌にて掻き寄せては食べていたとのこと。 そして膳のまわりはご飯粒だらけであったとのこと。
     お出での記念に揮毫(きごう)を頼むと、「よしよし」と頷いて墨をすり、 すり終わると部屋は一人だけにして、せっかく準備した太筆は使わずに皿の墨汁に背を向けて、 尻尾のような筆で何やら書かれたが、字とも絵とも判断がされなかったものであった。
     夕飯前にお風呂をとすすめると、「流し(風呂場で体を洗ってやる人)はいらぬ」といい、 閉めきった風呂場からはバタバタと異様な音が洩れたという。 上られた風呂場を見てまたもびっくり。浴槽は空っぽになって、 風呂場の窓や壁から天井までがびしょ濡れになっていたとのこと。
     翌朝、村外れまでお送りして、名主を初め村の人たちはほっとしたが、何としてもわからないことがいくつか残った。 子供のころご飯を喰いこぼすと「なんだ建長寺様のようではないか」といわれ、 小学校に上ったころ書いた図画や習字の不出来なものを見ては、 建長寺様が書いたようなものではないかといってよく笑われた。
     
    資料2
    建長寺様​
    その二
    大塩村・上大塩の「大家」という屋号の家に、建長寺の僧と名乗る一人の旅僧が、一夜の宿を求めた。 これに応じた大家の者に僧は、晩めしにはこれこれのものをこしらえてくれ、米の飯はいらないと言ったので、 家の者はその通りのものを作って、僧の部屋に運んだ。
     「食事中部屋をのぞくな」と言って襖を閉めた僧の言葉に、不審を抱いた家人が、そっと襖を細くあけて中を見ると、 一匹の大狸が大どんぶりの煮物へ口を突っ込んで、おいしそうに家人が僧のいう通りに作ったものを食っているのであった。 思わず家の者が悲鳴をあげると、狸は、襖を蹴破って外へ飛び出して行った。
     僧が家の者に頼んだのは、食い油、大根、豆腐、白イモなどを使った汁煮(しるに)で、 こんなものは今まで作ったことのないもので、鍋に残ったその味のよさは格別だった。 たちまち、この汁煮が「建長寺」の名で村中にひろまり、それがいつしかなまって 「けんちゃん」とか「けんちん」となったのだという。
    「建長寺様」(旧中富町大須成)(身延の民話より)

    資料3
    たぬき和尚
    昔、ある村を見渡す杉の木の下で、一匹の子だぬきが、毎日村の方を眺めてはため息をついていた。 子だぬきは、人間の住む里には美味いものがたくさんあり、それをたらふく食べてみたいと思っていたのだ。 どうしても人間の食べ物を食べたくなった子だぬきは、人里に下りてみることにした。 母だぬきが止めるのも聞かず、子だぬきは夜になるとこっそり巣穴を抜け出して山を下りた。
     村の入口まで下りてきた子だぬきは、さっそく高僧の姿に化けて駕篭かきの前に現れた。 子だぬきは言う、「ワシは、山向こうの大寺の貫首(かんじゅ)である。 この村に見回りで立ち寄った。駕籠で案内せい。」 こうして貫首に化けた子だぬきは、美味いものがたくさん食べられそうな名主の家に向かった。
     名主の家では貫首をもてなすため、風呂を沸かし、たくさんのご馳走を作った。 子だぬきは人払いをすると、並べられたご馳走をガツガツと食べ始めた。 子だぬきの思った通り、人間の食べ物はとても美味しかった。
     翌朝、ご馳走のお礼を名主に述べると、名主は記念に一筆お願いしたいと言う。 そこで子だぬきは、1枚の鹿の絵を描いて名主に渡した。その絵はいとも鮮やかで、 大きな鹿が今にも飛び跳ねようとしている、なかなか見事なものだった。
     このことに味をしめた子だぬき、今度は隣村に行って美味いものを食べようと、 駕籠で隣村に向かった。ところが隣村への渡し場で、どこからともなく野良犬が出てきて、 駕籠の中の子だぬきに向かって飛び掛かってきたのだ。 子だぬきはたまらず、元のタヌキの姿に戻って逃げようとする。 これを見た駕篭かきは、「こいつ、最初からタヌキだったのか!?俺たちをだましおって!!」と言って怒り、 子だぬきを散々棒で叩いて、半殺しにしてしまった。
     ​子だぬきは傷ついた体を起こすと、ほうほうの体で山に帰って行く。 そして、このことに懲りて、二度と人里に下りてくることはなかった。 そして、子だぬきが貫首に化けて描いた大鹿の絵は、いつまでも名主の家に残っていたそうな。
    (まんが日本昔話より・まんが日本昔ばなし・データベースより)

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