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    見返し峠

    • 2015.12.23 Wednesday
    • 16:29
    JUGEMテーマ:ぶらり旅
    今はむかしのことになってしまいましたが、 大井川の上流、地名村の人々は、オロチの害に困り切っていました。 峠をこえたとなり、桑の山村(今の島田市川根町笹間)から、 毎夜のようにあらわれる、そのオロチは、長さ五(9m)ぐらいあり、 胴の太さは、村に一軒しかない酒屋の軒先にいつでもころがっている 四だる(周り90僂阿蕕ぁ砲曚匹發△蠅泙靴拭 オロチは夜しか襲ってきませんでした。 目は火のように赤く光り、遠くの峠を下りてくる姿を 村から見ることができました。 オロチがやってくる前に、村人は家の中にこもり、 あま戸をしめ、入り口の大戸に心張り棒をしっかりとかい、息を殺して、 桑の山に帰るのを、今か今かと待っていました。 オロチはにわとり小屋をこわして、にわとりを食べたり、 かっているうさぎなどをとってたりしましたが、 不思議なことには、納屋の米を食べて行く事もありました。 地名村の人たちは、何度も寺に集まり、オロチ退治について相談しましたが、 よい考えはさっぱりありませんでした。 毎日のように恐ろしい夜が続きました。 そんなある日、村に一人の若い武士がやって来て宿をとり、 オロチの話を聞きながら、しきりに首をかたむけていましたが、やがて、 「誠に気の毒なことだ。わたしが退治してあげましょう。村中の弓を集め、 弓のじょうずな若者に集まってもらってください。私には米を食われた場所を見せてください。」 と言って、米を食われた家の納屋に案内してもらい、熱心にその場を調べていました。 それから、集まった村人に指図をし、するどい矢と柿しぶと、たばこのヤニをたくさん集めさせました。 武士は弓のじょうずな若者を二組に分け、片方には、矢じりと柿しぶと、たばこのヤニをたっぷりとぬりつけるように命じました。もう一方には、矢をするどくとぐように命じました。 夕方がきました。武士は、オロチが通る村の入口に、弓を持った若者たちを伏せさせ、柿しぶをぬった矢を持った者たちには、 オロチの頭や胴をねらえと命じました。何もぬらない矢の者たちには、オロチの胴の下をねらえと命じました。 夜に入り、風がゴーッと峰を吹きぬけると、いつもの峠にオロチの火のような目が見え、 地名村に向かって降りてきました。 武士は恐れる人々をはげましながら、先頭の場所に身をひそめ、私が射るのを合図に、 命じた通りに一斉に射よと伝えました。ザワザワと地をこする音と、木の小枝の折れる音とともにやがてオロチは 村に入ってきました。人々が息を殺してひそんでいる場所に、オロチの赤い目がさしかかった時、 武士がさっと立ち上がり、ねらいすました矢をオロチの目に射こんで「それ射よ、おくせるな(びくびくしているな)。」 と、どなりました。人々も一斉に命じられた通り矢をはなちました。 オロチは、「アッ。」と、人のような声を出し、たくさんの矢をあびると、あわてて向きを変え、 峠の方に引き返しました。傷ついたオロチが峠をこえる時、地名の方をふり返りましたが、 赤い火のような目は、武士に射られてかた目になっていました。 オロチを射った場所にはおびただしい赤い血が流れ、そまつな小刀がそこに落ちていたと伝えられています。 また、その後二度とオロチが村を襲うことはなかったということです。 それから地名の人たちは、オロチがふり返った峠を「見返し。」と呼び、今でも『見返し峠』と言っています。 ただ、若い武士のその後については、だれ一人知る人はありません。

    地名と石風呂の間の大井川にかかる昭和橋のたもとに立って、東の方を望見すると、 あれが見返し峠、その近くが『うとろ大日』その左の方が『くぬぎ大日』と地名をとりまく七大日が続いています。 見返し峠は、地名トンネルの手前の山を登った頂きです。峠を越せば、すぐ下は笹間の村です。 大井川すじには大蛇の伝説が各地にあり、大井川の主も大蛇だと言われ、『鵜山の七曲り』は大蛇のように、くねくねと 曲って大井川を流れています。むかしの人々は、大自然を生き物のように恐れたり、祭ったりしてきたのです。 夜ごと夜ごと地名村をおそったオロチも、人々の知恵と力にはかなわなかったようです。
    (中川根のむかし話より・原文のまま)


    この写真は、昭和橋から見た見返し峠の風景です。写真の大井川の右手奥には、「太郎淵」と呼ばれる淵があり、そこの沢を登って行くと「うとろ大日」があります。『うとろ』とは、じめじめとした湿気のある場所を指しています。正面の山の頂が見返り峠です。「くぬぎ大日」は、77号線から山側に入りしばらく走った山の頂にあります。恐らく、笹間の村との境だったのでしょう。実際にこの地を歩いてみると、下線を引いた部分の描写(位置関係など)には、疑問が生じます。
    この民話に出てくるオロチは、夜盗だったという事も考えられます。元来肉食である蛇が米を食べたと言う件や矢で射られた時に「アッ。」という人のような声を出した件、オロチを射た場所には粗末な小刀が落ちていたと言う件など、蛇らしくない件が何カ所も含まれています。夜な夜な笹間方面かやってくる夜盗を、蛇に比喩して民話として残されたものなのでしょうか。

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