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  • 2016.01.24 Sunday

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    閑蔵の庚申様

    • 2016.01.23 Saturday
    • 06:08
    庚申橋を寸又峡方面へ進み、橋を越えた左側にある庚申様です。 両脇には灯篭も備えてあります。 きりっとした顔つきで、足元には脇侍が彫られています。 台座には三猿も彫られ、中々立派な石仏です。閑蔵集落との境界を護る神として、 ここに祀られているのでしょう。 香花や供え物があり、現在でも信仰が息づいています。

    この写真は、閑蔵の庚申様のお顔です。集落に邪が入ってこないように、あたりを見据えているかのようです。

    横澤の馬頭観音

    • 2016.01.14 Thursday
    • 19:27
    横澤橋を、寸又峡方面に向かって、左側の山手にこの馬頭観音はあります。左側には地蔵菩薩立像も祀られています。 馬頭観音には、道中安全の文字が刻まれています。しっかりとした顔立ちで、頭上の馬もしっかりと残っています。 この場所は、現在は車道になっていますが、以前は千頭森林鉄道が通っていた場所で、寸又峡方面へ観光客も乗せていました。 交通の要所には、馬頭観音が祀られる事が多く、この馬頭観音も例外ではないと思います。 また、千頭森林鉄道の車道化に伴い、他の場所から移転した可能性も残ります。地蔵菩薩立像の由来もはっきりとしたことは解からないのですが、この様な場所では事故が起こりやすく、 その為に命を落とした人たちの霊を、なぐさめるためではなかったかと推測されます。 この地蔵菩薩立像も移転された可能性が十分にあります。 それは、両石仏が台座の部分でしっかりとコンクリートで固定され、石仏の年代よりも新しそうに見えるからです。 勿論、後世の補強と考える事も出来ます。 お花などか供えられ、現在でも信仰されている石仏です。
     
    素朴なお顔立ちの馬頭観音です。長い間、そしてこれからも、道中の安全を見守って行く事でしょう。

    地蔵菩薩立像の写真です。慈悲深いお顔立ちで、苔生した感じが経た年月を感じさせます。建馬頭観音及び地蔵菩薩は、いつ頃の建立かは解りませんでした。

    地名の馬頭観音

    • 2015.11.24 Tuesday
    • 09:08
    JUGEMテーマ:ぶらり旅
    大井川鐵道本線の地名駅を出て7-8分の所にあります。地名のJAのすぐ横です。 ちょっと分かりにくい場所かもしれませんし御倉酒店の前です。 流通が活発化し、馬が移動や荷運びの手段として使われることが多くなり、 馬が急死した路傍などに馬頭観音が多く祀られるようになり、 動物への供養塔としての意味合いを強く持つようになりました。 峠では馬など、移動や荷運びに使われた動物にとっては難所です。 この様な場所で、亡くなる馬もいたでしょう。馬頭観音は、峠や競馬場跡地にも多く祀られています。 地名は、家山方面からですと、峠を登った所に位置しています。 また、馬頭観音が祀られている場所は今は空き地なのですが、聞いた話によると、以前は昔から商店が営まれた所だそうです。 恐らく、馬を移動手段に使っていた時代からの営業であれば、馬のねぎらいや供養ためという意味合いもあったことでしょう。これは、推測の域を出ない事ですが、お店自体は大きな家で、何でも屋さん的な商売を営んでいたようです(お年寄りの話より)。 これがお祀りされている馬頭観音です。真新しいお花が供えられていました。お世話をする人がいるのでしょう。

    これが馬頭観音の表情です。きりっとしていながらも、どこか優しい表情です。

    神尾の延命地大菩薩

    • 2015.11.24 Tuesday
    • 07:48
    JUGEMテーマ:ぶらり旅
    大井川鐵道本線の神尾駅から473号線に出る手前にこのお堂はあります。 そこは峠になっており、地蔵峠と名付けられています。 地蔵峠という名前の峠は各所にあります。その由来は、峠・峠道にお地蔵様が祀られている事に因んだという理由が多いようです。 お地蔵様は人々の苦悩を、無限の大慈悲の心で救う所から名付けられたとされ、 日本における民間信仰では道祖神としての性格を持ち、「子供の守り神」としても信仰されています。
    延命地蔵大菩薩
    由緒、勧進年月日不詳、大井川・川根道をこの山峰に開鑿するに当たり洞蘇秦の石像を建立し其の後又地蔵尊の石像を建立せしが、未だ堂宇を建立するにいたらざりき。 然るに頼朝公、各地の仏舎建立に心念を懸けらるるに当たり 当地蔵尊も亦堂宇建設費として若干金の寄進有り。 是に於いて地方の信徒も亦浄財を喜捨して堂宇初めて成る。 位置は現今地に同じ。 ただし、昭和6年頃川根街道が県道として二間半の自動車道に改修の時、 県道より現在地に移転せり。 安置の所よりに当たり西南籠場と称する所有り。其の頃、籠殿を建設せし跡地なり。 その傍らに花立石と云う所は香華堂の跡地なり。又、東方に庚申塚と称するは最初に於ける道祖神の石碑を建立せし所にして今尚像を存す。 現地地蔵堂に木像有り。これは慶長年間、肥後細川公の寄進せられたるものと言う。 慶長中、村内失火の際、類焼して古記録も悉く皆鳥有に帰せりと古老の口裨にあり。 而して徳川時代諸大名東海道通行の際には必ず当地蔵尊へ代参を立てられ交通の安全を祈願せりと云う。 更に安産の御利益大多にして婦女の信仰又殊の外なり。縁日は2月の24日なり。
    堂宇の由緒書より(個人名がある為、その部分は割愛しました)

    これが、神尾の延命地蔵大菩薩の堂宇全景です。赤いのぼりが幾つか並び、今でも信仰を集めている事が伺われます。右手前には、三界萬霊の碑と地蔵菩薩の石仏があります。小さな地蔵菩薩は手を合わせた像形から、何らかの供養のために建立されたと思います。三界萬霊の碑は、ここにかつては寺院があったのではないかという事を思わせます。右手奥には石組みの階段なども見られます。左にある碑は、碑文が薄くなり読めませんでした。

    写真の左側が地蔵大菩薩のお堂、右側が弁天様を祀っている弁天堂です。この弁天堂の由緒書はありませんでした。 後に財宝神としての御利益があるとされ、弁才天は財宝神としてしんこうされるようになります。 「才」の音が「財」に通じることから「弁財天」と書かれることが多くなっています。 水辺、島、池、泉など水に深い関係のある場所に祀られる事が多くみられます。 この地域の繁栄の祈願、そして大井川の水辺という事で、弁天様が祀られたのではないかと推測されます。
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    八木の庚申様

    • 2015.11.22 Sunday
    • 05:54
    JUGEMテーマ:ぶらり旅
    この石仏は、千頭駅からおよそ3,5km位の所にあり、77号線からもりのいずみに方面に曲がってすぐの所にあります。 道路のすぐ脇にあるのですが、奥側には木々が茂り、ちょっとした雰囲気があります。 中央に、庚申様、左には地蔵菩薩があり、右手には木の票が立ててあります。 この庚申様は、横の刻から明治時代のものという事が解かります。石仏の下側には三猿が刻まれています。

    お顔の拡大です。長い年月が経ち、大分表情が解かり難くなっていますが、私は慈悲深いお顔に見えます。 庚申様、この地域でも信仰の対象として、地域の守り神として、その地区の入口に祀られたのでしょうか?それとも、何かをとむらう為に祀られたのでしょうか?地蔵菩薩が手を合わせている事も気になります。この庚申様や地蔵菩薩の由来が気になるところです。

    青部村川地蔵(延命地蔵尊)

    • 2015.11.17 Tuesday
    • 11:03
    JUGEMテーマ:ぶらり旅
    文久2年ごろ(1861年)近在の水難事故が多発したので、供養と安全を祈願すべく、 当地在住の先駆者で通称助左衛門、長衛門、市左衛門の3名が発起人となり近隣に呼びかけ 元治元年(1864年)8月吉日にこれを建立しました。 この川地蔵に大井川で赤い石を拾い奉納すると、短命、天折を逃れられる功徳があると伝えられています。 また、毎年8月16日に徳山の騒動集大泉院方丈様により供養が行われています。
    [当地の立て看板より]
    青部村川地蔵の全景です。周りには赤い石がたくさん置かれ、その信仰を物語るかのようです。

    川地蔵のお顔は、優しく微笑んでいるかのようです。

    久野脇のお不動様

    • 2015.11.13 Friday
    • 01:46
    JUGEMテーマ:ぶらり旅
    このお不動様は、大井川鐵道本線・塩郷駅から10分程の所にあります。塩郷駅を出て左方向(北)に進み塩郷ダムを越えて対岸の久野脇地区に入ります。 ちょっと変形なT字路にぶつかるので、そこを右に曲がり、しばらく歩くと右側にお不動様の看板が見えてきます。 その看板の所を山側右手に入り、少し登るとこのお不動様のお堂が見えてきます。 言い伝えによれば、天明3年9月、天明大飢饉の際、この山里に双頭大白蛇が出現し、荒廃している田畑を更に踏みにじり、住民たちは困難を極めていたところ、 高貴な僧侶が当地を通りかかり、この様子を見かねて、この地に不動明王の祠をたて大白蛇を合祀したと言われています。その後、この祠は荒れるに任せ放置されていましたが、昭和19年12月に地元有志により再建されました。 その後、風雨にさらされていましたが、昭和62年12月に有志の方が私財を投入され、今の様なお宮が出来たそうです。 このお宮が、久野脇のお不動様が鎮座するお宮です。小ぶりながら、立派なお宮です。

    お宮の中のお不動様は石仏です。貪・瞋・癡を許さんとする慈悲極まりた憤怒の相なのですが、どこか愛嬌があるように見えるのは私だけしょうか? このお不動様は立像で、 密教の根本尊である大日如来の化身、あるいはその内証(内心の決意)を表現したものであるとみなされています。

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